IPM(総合防除、総合害虫管理)

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昆虫管理の概念Concept Of Insect Management

谷壽一・伊藤壽康(2005)::昆虫動態バリデーションシリーズ5
VOL.21.No.9.ファームテックジャパンを修正・加筆。

  食品工場ではペストコントロールから、ペストマネジメントプログラム、そしてIPMプログラムが要求されるようになってきた。医薬品工場では昆虫類管理プログラムがあり、どちらもIPMの概念を導入したものである。ゾーニング(区分)と対種防除が基本である。IPMは昆虫管理の唯一の手法であるが建物内のIPMを解説したものは少ない。

1)総合的害虫管理(IPM)とは

総合的害虫管理の定義:
  あらゆる適切な技術を相互に矛盾しない形で使用し、経済的被害を生じるレベル以下に害虫個体群を減少させ、かつその低いレベルに維持するための害虫管理システムである(FAO,1965)。
  何らかの有害生物個体群を、被害または損害をもたらすレベル以下に保ち、社会と環境への不利なインパクトを最小にするシステム(ノリス,IPM総論,2006)。
  上記のように定義も変化しつつあり社会や生物多様性への影響など環境への配慮が重要になってきている。

総合的害虫管理における3つ(4つ)の重要な概念:
①複数の防除法の合理的統合(初期においては、天敵と農薬をいかに合理的にハーモナイズさせるか)
②経済的被害許容水準(EIL)
③害虫個体群管理システム
④(農薬を含む各種の手段による農(業)生態系以外への弊害を最小限に抑える:桐谷・中筋による追加案、1971年)
  昆虫管理技術は農業の分野で発達してきた。現在、広く使用されている農薬による昆虫管理は初期においては画期的な効果を示したが、その後、3Rといわれる抵抗性・残留性・誘導異常発生などの問題が浮上した。つまり、抵抗性個体群の出現や害虫ではなかった種類が2次的被害をもたらし、作物の収量を著しく低下させることが各地で起こった。
  これらのことから、殺虫剤だけでは害虫を制御しきれず、逆に多発する場合すらあることがわかり、昆虫管理を生態学的に見直し、自然の個体群の抑制機構を最大に利用し防除計画を作成する総合的害虫管理(Integrated Pest Management ;IPMという)の概念が導入された。この考え方は、経済的に被害が許容できる水準(Economic Injury Level  ;EILという)を決め要防除密度に達したときにのみ殺虫剤を散布するという形で害虫を管理水準以下に抑え収益を最大にするという考え方である。防除の考え方の中心は環境抵抗を最大にすることであり、特に生物的防除である天敵を利用することである。
  最近の定義を桐谷(2004)から引用すると、IPMの定義は多数あるが,「収量の維持または増加を図るため,環境や社会へのリスクを最小限にして,なおかつ農家の利益にもなる防除手段の合理的な組み合わせシステムをIPMという(Kogan 1998)。」というのが、害虫のみならず、病害や雑草にも適応できる実用的な定義であろう。と述べている。この定義からも環境や社会のリスク面が強調されていることがわかる。病害、雑草についてもIPMの概念が取り入れられ総合有害生物防除とも呼ばれるようになってきている。
  現在では農薬の残留などの問題から減農薬や合成殺虫剤を使用しない有機農業、また、北米などでは遺伝子組み換え(GMO)による耐虫性品種のとうもろこし・大豆・キャノーラ・綿花などが作付けされ農薬の使用が減少している。
  北米でGMOが取り入れられているのは,殺虫剤とGMOと殺虫剤の使用を比較検討して殺虫剤ほうがリスクが高いとの評価からであり、極めてサイエンスベースである。

2)農業と工場の昆虫管理

①農業のIPMは経済的側面からのアプローチであり、収益を最大にすることが目的である。EILの概念がIPMの重要なポイントである。EILの決定は防除コストと収益のバランスであり、収益を最大限にするレベルに設定することである。また、作物は昆虫類による食害、付着があっても回収等の問題に発展することはない。品質・品位などの商品価値を損なわない限り商品として出荷できる。ただし、残留農薬の場合は、その程度によって回収の対象となる。一方、工場での昆虫管理の目的は異物混入防止、微生物汚染防止であり、1匹の虫が混入したことで巨額の損失と社会的損害を被ることになる。製造環境には昆虫類が生息しており、その管理のため基準値を設定する。しかし、混入を起こさない水準を実際に求めることは困難であるため、管理しうる最小限に維持するという考えに基づいてレベルを設定する。
②農業では作物自身が害虫の餌であり、これを取り除くことはできない。一方、医薬品はほとんどが昆虫類の餌ではない(生薬は餌となりえる)。餌は環境中の有機物や真菌であり、これを除去することが最大の防除である。
③農業害虫の個体群を抑制している最大の要因は天敵であるが、工場では生物的防除は使えない。
④IPMの考え方は特定の害虫種に対して総合的な管理により低密度に抑制することである。その害虫の生態に基づいて総合防除計画が作成される。工場では混入の恐れのあるすべての昆虫類の制御が必要である。
⑤農業害虫では対象種に対しての生命表などの詳細な生態学的研究がなされている。しかし、工場で問題となる昆虫は多くの場合、種まで同定をすることも困難である。また、発生回数など生態学的研究が十分にされていない。
⑥たとえばニカメイガなどの重要な害虫では発生予察により、個体群の変動を調査し要防除密度になれば警報を発する監視体制ができている。工場ではモニタリングを実施するが予察可能なほどデータは得られず、1mmにも満たない昆虫の動態を監視することは日常的には困難である。
⑦農作物の農薬使用時の残留の問題はカナダなどでは収穫までの休薬期間の証明書で管理している。工場では殺虫剤を使用した場合、拡散防止や除去することが重要であるが、手順書などに定められていないことが多い。
  最近、工場の昆虫管理でIPM的管理などの言葉を聞くが、科学的,生態学的なアプローチがなく殺虫剤以外の方法をひとつ取るだけでこう呼ぶケースもある。IPMには明確な概念があり、異なった使用は避けるべきと考える。なお、IPMの詳細については桐谷圭治氏(2004)が良くまとめており、一読をお勧めする(参考文献)。

3)製造施設の昆虫管理の概念

  いくつかの異なる観点はあるが、総合的害虫管理(IPM)は工場内の昆虫管理と共通する事項もある。
①複数の防除法の合理的統合
 殺虫剤のみに頼らず、生態学的アプローチによる防除が基本である。しかし、工場ではいまだに殺虫剤の多用が見られ、特に予防施工や飛翔性昆虫対策として定期的に殺虫剤を噴霧する場合などもある。ユスリカ科・タマバエ科・クロバネキノコバエ科などの多くの双翅目昆虫は口器も退化しており数日で死ぬため、死骸の除去、清掃のほうが重要である。また、室内発生の食菌性昆虫に対しては、温湿度・建築素材・殺黴など多方面からの対応が必要である。
②個体群管理システム
昆虫防除で重要な概念であり、個体群動態のバリデーションを提唱したのは、この管理をしなければ昆虫を管理下に置いているという説明ができないからである。
③生態学的見地からの防除計画の立案
この項については昆虫の生活史、環境条件と発育期間、食物連鎖などから環境抵抗が高まるようにIPMタイムテーブルを作成する。

  この3項目が重要であり,上記の違いなどを考慮して工場での昆虫管理の概念として昆虫の個体群動態を検証する仕組みである「昆虫動態バリデーション®」を提唱してきました。

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参考文献
1)ロバート・バンデンボッシュ,矢野宏時;農薬の陰謀「沈黙の春」の再来,社会思想社(1984)
2)桐谷圭治:「ただの虫」を無視しない農業,築地書館(2004)